秩序がある、という安心。

モンテッソーリ, 日々の気づき, 育児

最近、「静かにしてるなぁ、何やっているんだろう?」と思って子どもの様子を覗くと、こんなことをやっていることが多い。
色々並べている・・・

また並べている・・・

私たち大人が並べてとか整理してとお願いしたわけでもないのに、気付いたら自分でこういうことをするようになっていました。
2歳を過ぎて、そろそろ来る頃かなーと思っていた秩序の敏感期が、いよいよ来ているなという感じがします。


秩序の敏感期とは

モンテッソーリ教育には、マリア・モンテッソーリが子どもを観察して発見した”敏感期”という考え方があります。
”敏感期”とは、

6歳までの間に訪れるものであり、環境の中の特定の要素に関して爆発的な興味や、感受性、敏感性を表し、その要素を努力せずに吸収して自分のものにできる時期

のことをいいます。
その特定の要素というのにはいくつか種類があるのですが、そのうちの一つに”秩序”があり、子どもは6歳までの間に”秩序”というものに対してとても敏感になり、自然に”秩序”に関する能力を獲得できる時期がある、というわけです。


”秩序”とは何か?

”秩序”とは上記の写真で息子がやっているような「並べる」「整理整頓する」という秩序感だけではありません。空間、時間、社会的など様々な面で”秩序”は存在します。

例えば、

・寝る場所、食べる場所、着替える場所などそれぞれ目的ごとにエリアが分けられていること
・決まった場所に決まったものが置かれていること
・一日のスケジュールが概ね決まっていて、決まったときに決まった手順で物事が起きること
・このときはこのような挨拶をするなどの社会的なコミュニケーションの仕方や振る舞い方のパターン、信号が赤だったら止まるなどの社会的ルール
・関わっている大人の態度や関係性に一貫性があること

というようなことも”秩序”の中に含まれます。
そして、これらの”秩序”があることは、

・どこで何をすれば良いかがわかる
・何がどこにあるのかを知っており、必要なものをどこに取りに行けば良いかがわかる
・この行動をした後はこれをする、という次の行動の予測がつく
・このようなケースにはどういう言葉を使い、どう対応すれば良いかがわかる
・相手が一貫した態度で自分に接してくれるという安心感を持てる

ということに繋がります。

私たち大人でも、見通しが立たなくなること、先が見えないこと、自分がどうして良いかわからない状況に陥ること、相手の判断や態度が気分によってブレることは不安なことですが、子どもも同じ。
こうすれば良いというのがわかっていて、次にどうなるかが予測がつくことは安心できるし、どうすれば良いのか自分で判断できれば自立して活動することにもつながっていくのだと思います。それぐらい”秩序”というのは子どもの拠り所になるものなのですね。


もし、”敏感期”の欲求が満たされなかったら?

秩序の敏感期は2歳半ちょっと手前ぐらいにピークを迎えると言われているので、我が家の息子は月齢的にも、日々の行動から観察できる様子からもちょうど今ピークに差し掛かっているぐらいだと思います。

そんな折、少し事情があり、現在通っている保育園をしばらくお休みする必要があったため、その間、3月まで通っていた園に数日間お預かりをお願いしたり、ベビーシッターさんに自宅に来てサポートをしてもらうことにしました。

「春休みに入る前まで毎日楽しく通っていたし、先生もお友達も大好きだったから保育園は大丈夫だろう、ベビーシッターさんは初対面だからちょっと緊張するかもしれないな…」と予想していたのですが、意外にも元の保育園にお預けする日の方が子どもの様子に変化がありました。

普段は保育園に着くとどんどん中に入っていく息子が、初日は朝到着したら「抱っこ」と言って甘えだしたり、来た道を指して「こっちに行く」と言ったり、連れて戻ってくれないとわかると大声で泣いたりして、自分ができる限りの方法で抵抗しているのが伝わってきました。
2日目以降は、登園途中の段階でこっちには行きたくないと察知したようで、向かう先とは違う方向を「こっち!こっち!」と指差しながら、保育園に着くまでずっと泣いていました。
事情があって致し方ないと思いつつ、胸が痛い…


”敏感期”は、阻害されると強く抵抗すると言われています。
息子にとって慣れ親しんだ”秩序”がある中で、いつもとスケジュールが違う、行く場所や行く道が違う、接する相手が変わる、活動の内容ややり方が変わる…ということによって、拠り所にしていた”秩序”が乱れ、”秩序”に対する敏感性を阻害してしまったのだと思います。
息子の様子もまさに抵抗そのもので、内面的な混乱の現れのようにも感じられたので、”秩序”に対する敏感性が高まっているタイミング(=”敏感期”)に、本人の”秩序”を乱すようなことを強いてしまったことに申し訳ない気持ちになった出来事でした。

大人にも大人の事情があるため、それに伴って子どもの”秩序”が乱れてしまうことはあると思いますが、事情によって例外を余儀なくされたとしても、いつもの場所、いつもの時間、いつもの順序など”秩序”を保てる部分を探して、できるだけ一貫性を保てるように心がけることが大事なのだと思います。


さらにほぼ同時期にお引越しをしたので、家の中の環境も周辺環境も変わり、さらに”秩序”が乱れるきっかけが続いたのですが、自宅内の子どもスペースはいち早く環境を整え、保育園にも戻ったので、子どもはすぐに安心して適応してくれすっかり元通りの様子になりました。めでたし、めでたし。

そんなわけで、今朝も登園前にこんな感じで自作のブレスレットを並べてからごきげんに出かけていきました。
秩序の敏感期はまだまだ続きそうです。

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